自己紹介 – 読んでもいいけど景気の良い話は無いです(汗)

自己紹介しま~す。

ただし個人情報は出しませんよ、さすがに・・・。
自意識過剰かも知れませんが、石橋を叩いて渡る性格なので、そこは徹底させていただきます。

いきなり、

  • 包み隠してるやん
  • ガチじゃないやん

とツッコミが入りそうですけど、所詮は無名な存在なので暖かく見守ってください(笑)

Twitter @sepianblue のプロフの補足、紹介し切れない部分を深堀りする感じで、自分のことを書いています。
何となく、こんな感じの人間なんだなあって、思ってくだされば嬉しいです。

仕事依頼の際にも「人となり」が少しでも分かった方が良いでしょうし。

ただ言えることは架空の人間ではないということです(^▽^;)

基本情報

現在の属性とかスペックとか性能に関しての情報です。

  • 発見:1970年代
  • 種族:ヒト科のオス♂
  • 属性:テレワーク歴17年の個人事業主(メディア運営、SEOライター、その他)
  • 育成:福岡県北部
  • 特技:話を聞くこと、地味な仕事
  • 長所:穏やかな草食系の性格、強度なぼっち耐性、
  • 苦手:集団への帰属、にぎやかな場所、人との距離が近いこと
  • 全長:中背
  • 重量:中肉
  • 家族:妻と娘
  • 備考:2021年より会社員も兼ねる(5,740日ぶり2度目の就職)

本人肖像画(まじめかっ!!おもんな!!)

福岡覧斗

※下は短パンです。

仕事の実績

ほんの一部をご紹介しています。

良かったら、ご覧下さいませ。

仕事実績

生まれてから成人するまで

さーっと箇条書きで流します。
偉人でも何でもない人間の生い立ちなんて、ちっとも面白くないでしょうけど、「ほうほう」と読んでみてください。

  • 4000gでこの世に出てきた
  • 乳児時代は特筆すべきことはなし
  • 幼稚園時代はトロ臭い子どもだったらしいが「大きなカブ」の主人公のおじいさん役に大抜擢
  • 卒園式は総代として卒園証書を全員分持たされ「こんなに要らない」と園長につぶやく
  • 小学校入学と同時に剣道をやらされる(中3まで続くが黒歴史)
  • 中学校時代は部活の方針として坊主頭
  • 高校時代は生ぬるい卓球部に所属しピンポンをエンジョイ
  • 男女共学なのに国立理系コースを志望したばかりに男子クラスとなった高3の春
  • 高校卒業の数日前に左腕をケガして包帯グルグル
  • 某情報系私立短大に特待生として入学
  • 20才で第一次会社員デビュー

第一次会社員時代

短大卒の20才でサラリーマンデビューしました。
しかし27歳のときに産能大学の3年次に社会人編入学して卒業しましたので、最終学歴は一応大卒になります、一応ね。
専攻は経営情報学でした。

ガラスの20代

超大手の住宅設備会社の製造子会社に、事務職として就職しました。

学生時代はプログラミングを専攻していたので、ファクトリーオートメーションをやりたいなあと漠然と思っていたのですが、配属はまさかの生産管理。

この時点で「あれ?」と違和感を感じましたね。
適材適所なんて言いながら、人員不足の部署に都合よくあてがわれただけでした。

渋々ながら業務を覚えるも、新入社員ながら、

  • 月間の残業時間は100時間前後
  • 土曜日出勤は当たり前(休日出勤)
  • まともなOJTが確立されておらず担当で話が違う
  • 先輩の指導は「押しつけ型」で創意工夫は認められない
  • 中間管理職が不在だった(平社員と次長という歪な組織構造)

という環境にぶっこまれ、3ヶ月目には心身がおかしくなり、ノイローゼ気味になりました。

フォロー体制もまったく機能せず、所属長との面談中に割り込んできた、当時の人事部長の言葉が忘れられません。

「まだ3ヶ月だろ?これから30年は働くんだから大した事ないじゃないか」

メンタルヘルスの欠片も無い時代だったんですよね。
精神的に弱ってる若造に追い打ちかけてどないすんねんって話ですよ、客観的に見ると。

誤魔化し誤魔化し仕事して5年が経過したときに、同部署内で配置転換され、少し安堵しましたが、労働環境は大きく変わる事はありませんでした。

ただし若干の心身の余裕がありましたので、ずっと心に引っかかっていた4年生大学への社会人編入学を果たしました。
産能大学の経営情報学部3年次に編入することができて、2年間、通信教育とスクーリングで単位を取得し、なんと卒論まで課題が出されたので必死こいて提出したのを覚えています。

が、この卒論制度、翌年からは廃止になったとか(汗)

だってね、教授との1時間の卒論チェックのために、わざわざ東京に参勤交代するようになってたんですよ。
いくらカネ使わすっちゅーねん。

一応、最終学歴は大卒となりましたが、会社での待遇は一切変わることなく・・・(汗)

ま、いいんですけどね、そんな期待はしていませんでしたから。

20代後半で悟ったことは「会社に自己実現の場所を求めたのが間違い」ということでした。

ちなみに、この時期に奥さんと出会っています。

変化の30代

30才になった時に、真剣にキャリアについて考えました。
このまま会社に居座ることが果たして良いのかどうかを。

自問自答の結果はNOでした。

そんな時に人事異動がありまして、新部署に配属されました。
なんと営業系です。
今でいうところのテクニカルセールスエンジニア的な感じです。

分譲マンションに納める水回り設備の設計と開発がメインで、代理店や最前線の営業所に対して技術的なフォローをしていくという仕事です。

仕事内容は面白かったんで、もう少し居座ろうかなと思ったのは確かです。
設計はCADを使うのですけど、ほぼ独学で、OJTは相変わらず機能していませんでした・・・。

明るいナントカで有名なメーカーも地方の製造子会社になると、そんなレベルなんですよ。
就活生や転職希望の皆さんが「冠に騙されないよう」切に願っています。

ただ仕事自体は楽しかったのですよ。
分譲マンションの表と裏がモロにわかるので、後に受験した宅建士、当時は宅建主任者と呼ばれましたけど、その試験や2級FP技能士試験の不動産関連には、大いに役立ちましたね。
今でもマンションポエムを見ながらニヤニヤしたりしてます(笑)

一度、本社に転籍の話があったのですが、立ち消えになりました。
どうしても欲しいと言ってくれた本社と、留まって欲しいと主張する直属の上司との間で折り合いがつかなかったんです。

私は本社に行く気マンマンでしたけど、当時の彼女(現:奥さん)のこともありまして少し悩みましたが、結果的に話が無くなって良かったです。

いい環境で仕事もできてますからね。

さらにですね、人事評価のしくみがガラッと変わって、年功序列から能力主義の評価体制に変わったのです。
格好だけでしたけど(汗)

まあ、いろいろ言いたいことはあるのですが、評価する者を選べないと「やってられない」状態になることを知りました。

辞表を提出して退職:30半ば

結婚した翌年の夏に退職の意思表示をしまして辞表を上司に手渡しました。

辞表の書き方は習いませんでしたから、書店で立ち読みしたりして、なんとか書きあげましたよ。
書き直しは10回ぐらいしましたかね。
何か緊張しちゃって(笑)

その年の大晦日でサヨナラをしたかったのですけど、後任が見つからないという内部事情もあったのですが、

  • 本社推進の海外との連携プロジェクト
  • 国内での開発センター構想

がスタートしていて、両方に関わっていたこともあり、結局、1年半後の年度末に退職できたんです。

退職が延びた理由

退職が延びたのは、国内の開発センター構想で2つのエリアを統括するリーダーを本社から任されていたから。
所属している会社ではなく、本社からの指令(汗)

その理由は、私を買ってくれている何人かの本社の人が、在籍している子会社での評価が悪いとキレて、「こっちで○○(私の事)を使う」と鶴の一声で引っ張り込んだから。

子会社の管理職は、さすがに親会社の役職者に何も言えず・・・。

認めてくれる人がいるというのは嬉しいもんですねー。

たまにコッチで会議があるときは、いつも、

  • 「○○はようやってくれとるわー」
  • 「助かるわ○○が頑張るから」
  • 「しっかりやっとんのは○○だけやな」

と、それぞれが言ってくれるので、元の上司などは苦い顔を浮かべるばかりでした。

ただ、やはり辞表を出してからモチベーションの維持は難しかったですね。
お陰で、ちょっと心身に異常をきたして、通院することにもなったんですけど、それは後で。

第一次会社員時代は、正直、良かったのか悪かったのか、今でもわからないときがあります。
自分の能力が発揮できたのか、それとも、もっと伸ばせたのか、学びが足りなかったのか、コミュニケーションに落ち度があったのか、モヤモヤっとしたものは残ってます。

が、後悔の欠片もないので、退職は正解だったと信じています。

第一次会社員時代の退職金

興味あるでしょ(笑)
自己都合退職というデメリットが加味されまして、なんと、その金額、

実働14年で180万円です。

どうです!!
安いでしょー!!(ジャパネットたかた風)

さあ、評価はあなた次第!!

ちなみに手取りは14万円とかでした、30才前半で(笑)
もう笑うしかない!!

退職直前に仮面うつになった

ある日の駅、待合室で、

  • めまい
  • 頭痛
  • 倦怠感

があって、電車の時間が迫っているのに30分ほど全く動けなくなりました。

また別の出張からの帰り、特急の乗り込んだ瞬間に強烈な頭痛と倦怠感に襲われて、倒れ込むようにシートに座りました。
最寄りの駅までずっと身動きできませんでしたね、2時間ぐらいは。

更に決定的だったのは、眠気覚ましに会社のトイレで顔を洗ってから、自分のデスクに戻ろうとしたときに、足が動かなくなったんです。

何か強烈な不安感に襲われて、トイレの出入り口の扉を開ける事が出来ませんでした。
30分ぐらい自分の中で戦って、ようやく落ち着いてデスクに戻ったのですが、もう、頭がふわふわして軽いめまいのような感覚と耳鳴りもしだして早退したんです。

これはおかしいということで翌日、内科を受診したんですけど、血液検査は全く異常も無く点滴を打って様子見です。

内科ではセカンドオピニオンを受けても同じだと考えて、もしかしてストレスかなと思って心療内科を受診。
「仮面うつ」と診断されました。
今で言うところの「不安障害」とかになるんですかね。

恐らく当時は、今と違って分類が細かくなくて、鬱状態と健常のはざまにあるという説明をされました。
たしかに問診前に受けたテストの数値が、それを証明していました。

ゴリゴリの鬱状態のように自分を傷つけたり、高いところから飛び降りたいとか、暴れたいとかの衝動はなく、気分は安定していましたが、何よりも身体症状が不安定でしたので、そっちのコントロールが大変でしたね。
半年間、薬も飲みましたよ。

今はもう再発はしてませんが、そういう爆弾ではないですけど、そういう気質の持ち主と考えてあまり気にしないようにしています。

内向型気質のHSPかと

ステレオタイプな日本人像と言いますか、

  • 友達は多い方がいい
  • 考える前にやれ
  • 考えすぎるのはダメ
  • 人に会わないと成長できない
  • シングルタスクは非効率

などと言われると、何か違和感を感じていました。
それが全部ストレスとなって蓄積されたんだと思います。

ここ数年の間に「内向型気質」「HSP」という言葉を知って、ようやく腑に落ちた感じです。
大人の発達障害も増えているようですが、そこまでは無いかなと勝手に思っています。

内向型気質とかHSPに関する本は、何冊か読みましたが、ホントに安心しましたね。

まあHSPは病気ではないので、診断なんてことはできないのでしょうけど、別に理解されなくても構わないと思えるようになったことは成長かと感じます。

お陰でテレワークが楽しい!!

プータロー時代

35才になる年に退職し、新たな就職先を探すことになりました。
はい、しっかりとハローワークに通いましたよ。
いわゆる失業保険(失業給付)も頂きました。

自己都合退職なので給付までの待期期間が3ヶ月ありまして、それ以降から支給だったんですが、まあ、ぶっちゃけ蓄えはありましたし奥さんも働いてましたから、お金の心配なくゆったりと療養できた環境だったことはラッキーです。

失業給付の金額については何も不満はありませんでしたけど、ハローワークに通う事が苦痛だったのを覚えてます。

まだ体調が万全ではなかったからなんですよ。
ちょっとだけ、不調が残ってるって感じで。
それでもハローワークに通って求職活動をしないと、失業給付が頂けないですから、何とか身体を動かしました。

同じように不調な方の気持ち、痛い程わかります。

ハローワークで気付いた

ハローワークに通って知ったのは、驚くほど多くの求人があることでした。
全然、街のウワサと違うやんと。
35才でも十分に雇ってくれる企業はゴロゴロあるやんと。

当時の街のウワサは「35才過ぎると転職は厳しい」「待遇が希望通りにならない」というものでした。
今のように転職サイトもなければ転職エージェントなんて言葉もありません。
待遇なんて悪いこともないんですよ。
って、今までの待遇が、まあ、アレなもんで(汗)

 

で、ハローワークか友人知人の紹介ですよ、転職のアテは。
ご想像の通り、私は内向型でしたから(当時は気付いてなかったけど)、友人はいませんし、知人を頼ることもしませんでした。

ぱらぱらと求人ファイルを流し読みして、こんまりさんじゃないですけど「ときめき」で選ぼうとしたんです(ウソつけ)。

ときめかなかった・・。

会社員は向いてないかもと改めて気付いたんです。
チームワークで他人と足並み揃えてというのが、出来ないわけではありませんが、非常にストレスで動けないんです。

通知表にも書かれてました、「もう少し協力して係活動をしよう」ってね。

個人事業主として開業届提出済み

失業給付が満了するタイミングで再就職は諦めて、個人事業主として活動しようと決めました。
2006年2月です。

退職の際に、ひとりで何かやるかもしれませんとは言いましたけど、完全にノープランでした(汗)

 

ただインターネットには可能性を感じていましたし、使えないですけどプログラミングの経験もありましたから、ネットビジネスに食い扶持を見出せればいいなあと考えていました。
自宅が事務所って最高の環境ですし、初期費用も抑えられますし、何より外出する機会が激減するのでメリットばかりでした。

私はぼっちでしたから、お酒の付き合いのお誘いもありませんし、飲めないですから繁華街にも足を運びません。
また繁華街など、うるさい場所にはそもそも居たくないので、ぼっちは都合が良かったです。

個人事業主としてのスタートは夢のようでした。

ぼっち開業は寂しくないの?

んー、寂しいという感覚がわからないんです(汗)

ひとりで平気なもんで。
複数人でワイワイやってるグループを見ても、全く羨ましくも何ともないんです。

団体行動がすこぶる苦手なんですよ。

 

もっと正直に言うと、あまり馴染みが無い人と一日で打ち解けられないんです。
打ち解けるように努力をするとエネルギーの消耗が激しくて、グループディスカッションとかだと、それどころじゃなくなるんですよ。

そういう面があるので、一人黙々と作業をやるのは苦じゃないです。

反面、交流自体にエネルギーを使い果たしやすいので、先人の知識を学ぶ、活用するというレバレッジは得られないリスクもあると承知しています。
それをカバーするために、実績を上げている方の著作やブログ、noteはモリモリ読んでいます。

 

それと某ビジネスグループに5年ほど加入しているので、仕事の面での味方は全国にたくさんいます。

だから「ビジネスぼっち」ではありません。
プライベートぼっちなだけです。

何言ってるのか自分でもわかりませんけど(汗)

ぼっちだと仕事に影響は?

無いです。
いろんな地域に住んでいらっしゃる同志とZOOMとかSNSで繋がってるので、仕事面では全く影響無いです。

顔を知ってる方も知らない方もいますが、全然、困った事は無いです。
みなさんプロですし、人の接し方もスマートなんで、今の仕事スタイルが合ってます。

従業員がいるにも関わらず事務所を持たずにオンラインで会議や飲み会までやってた会社もテレビで紹介されてましたから、自宅が勤務先で事務所と通勤のないサラリーマンが増えてくるかもしれませんよ。

稼げてるのか?

えーシンプルにド底辺を這いずり回っておりまーす。(と書いておきまーす。)

前述しましたけど再度、ご覧いただきましょう。

仕事実績

 

人生、毎日が修行でございます!!

モタモタしてると寿命が来るぞって年齢ではありますので、いやホント、笑いごとじゃないんですよ、マジで。
稼ぎたいですよ、そりゃ。

 

一応、プロジェクトは2つほど参加させてもらってますし、ちょいちょい、いろんなオファーがきてますから、頑張っていきますよ。

しかもプロジェクトの1つは早々に結果でました。
ここでは公表できないんですけど、自分単独のプロジェクトも発進せないかんなと思っている次第です。

指をくわえて待っているわけではございません。

 

念のため当ブログは月間60,000PVを超えています。
修行中の身でも、これぐらいの実績は出せますので、良かったら、お問合せ下さい。

検索パフォーマンス

目標

目標とかはしっかりあるんですけど、そこまでの戦略とか戦術の組み立て方が下手です。
これは致命的だと思うんですね、事業主として。

下手だからと言って事態が変わる事は無いので、脳に汗をかいてますよ。

仕事面での目標

  • 50代で法人化を目指す(理想は3年以内つまり2022年まで)
  • ネットを通じて人脈を広げる
  • WEBマーケのスキルを得る

プライベートの目標

  • TDRの新エリアを楽しみ新ホテルに宿泊する
  • 娘の進学の際に「お金」で選択肢を狭めるようなことはしない
  • 黒い砂漠モバイルを楽しむ

小学生並みの目標宣言の仕方ですけど、細かく書いても興味ないでしょ(汗)

家族構成とか私的な事

奥さんと小六娘と3人で暮らしています。
めっちゃ仲良し。

趣味

趣味って、お見合いか!(笑)
古いお見合いか!(笑)

無いんですよ・・。
お酒もNGだし、車にも興味ないし、外出嫌いだし、映画はAmazonプライムビデオで十分だし、散歩とかもしないし、釣りとかドライブとかキャンプとかアウトドアは苦手だし、ホント私は、金かからない人間です。

ちょっとだけ続いてるのは、スマホゲームの「黒い砂漠モバイル」ですかね。
多分、それも年内いっぱいで飽きると思います(汗)

イクメンです

ホントは「イケメン」と、あえて誤字のつもりでとぼけて書こうかと思いましたが、つまらんギャグなので止めました。

それと「イクメン」という表記、実は違和感もあります。
そもそも育児は夫婦の協働作業と思ってますので、育児してるパパは特別だ感を強調してるような・・。
ですから、ほぢぼちブログ等で「自分はイクメン」って言い方は止めようかなと。

 

さて、育児に関してですけど自宅が仕事場でしたから、思い切り育児の時間を堪能できたのは良かったですよ。
奥さんも育児休業が取れる職場だったので、保育所に行くまでの2年間は、もう、2人で舐めまわすように娘を可愛がりまくり、世話をしまくりました。

保育所に通った5年間は、私が車で毎日送迎してました。
奥さんも連れていきたかったようですが、なんせ職場と反対方向でしたので、泣く泣く諦めたんです。
片道20分の親子ドライブの感じで貴重な時間でした。

家事は奥さんの専任作業って誰が決めた?

独身時代から不思議に思ってたのは、家事は分担または手が空いた人がササッとやったら効率的なんじゃないのということでした。

私と奥さんでは自然に家事がルーティーン化してまして、私の担当は

  • 布団の上げ下げ(和室で川の字です)
  • 洗濯物の取り込みとたたむこと
  • 食事後の片付け、食器洗い、食事の準備(調理は別)
  • 米研ぎ(炊飯担当)
  • 簡単な部屋掃除(主に掃除機)
  • 生協さんの引き取りと食材の収納
  • お風呂のお湯張り

ぐらいですかね。

他の家事は奥さんに「こだわり」があると言うので任せてます。

 

食事が済んだら全員の食器を引き上げて、洗いに掛かります。
奥さんと娘は、ニヤニヤとテレビを見たりしてくつろいでますが、その光景を見るのが好きなんです。

学生時代の飲食店でのバイトの影響も残っていて、食べたら即、食器を引く癖があるんですよね(汗)
早く引き過ぎて、

「まだ食べてる途中でしょうが!!」(北の国から)

とは言われたことはありません。

自己紹介 まとめ

なんか最後の方はグダグダになっちゃいましたけど、こんな感じです。
もっと詳しく書けるんですけど、どうでもいいでしょ?(汗)

ちょっとずつ追加して、10,000文字ぐらいまで増やすかもしれません。

ちなみに、今は7,000文字ぐらいです。

と、いうことで、どこか内容で刺さるものがありましたら、Twitterフォローとか、お仕事依頼とか、ぜひよろしくお願い致します。

お仕事相談などはコチラ

めっちゃひいきします!!

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